木製の格子窓から陽光が射し込み、鳥のさえずる声がかすかに聞こえる。

早朝の清々しい光景の中、朝稽古を終えた二番隊の隊舎に、食器のぶつかる音が響く。

「そこの者。少し、訊きたいことがあるのだが」

死覇装を身に纏った隊員達が、他愛もない話をしながら食堂を後にする中、

小柄な女性が給仕係を呼び止めた。

若い給仕係は、凛とした物言いと威圧的な霊圧に、本能的に身をすくめる。

「何用でございますか、砕蜂様?」

切れ長の黒瞳で給仕係を見据えた砕蜂は、珍しく視線を一巡させ、

迷い気味に口を開いた。

「その・・・今朝の献立の作り方を教えてくれないか?」

給仕係は一瞬言葉を失ったが、すぐに嬉しそうに笑って頷いた。





当たって砕けろ、蜂の子砕蜂!





いいですか、まず材料を買ってきてください。料理はそこからですよ。

そう言って材料の一覧を書いた紙を手渡してくれた、

親切な給仕係の娘の顔が脳裏に浮かぶ。

昨日のことを思い出しながら、砕蜂は瀞霊廷内の商店街へ向かっていた。

活気と人々で溢れる商店街は、砕蜂にとっては、さながら未知の空間だった。

両隣にずらりと並ぶ店から、書いてある材料を売っていそうなところを探す。

左右に連なる店に目を向けながらゆっくりと歩いていると、突如男の濁声が聞こえた。

「てめぇら、静かにしろォ!おっと、動くなよ!一歩でも歩いたら、

「だるまさんが転んだ」の要領でブチ殺してやるからなァ!!」

一応言っておくが、そんな物騒なルールはない。

声は砕蜂の斜め後ろの店から聞こえる。

話の内容を聞くに、代替わりした途端店が儲からなくなり潰れかけた店の主が、

数名の従業員と共に、品を買わなくなった客に責任転嫁して

危害を加えようとしているらしい。

「・・・つくづく、くだらぬ輩だな」

不愉快そうに顔をゆがめて吐き捨てると、砕蜂は問題の店の方へと歩き出す。

当然、近寄る人物に気づいた店主が手にした小銃を構えるが、

引き金に指を掛けた瞬間、フッとその姿がかき消えた。

混乱している内に、背後で何かが倒れるような音がいくつも聞こえ、

反射的に振り向こうとするが、首が動かない。

「動くな」

そう言われて初めて、何者かが自分を拘束していることを理解した。

男の首と両腕の動きを完全に封じた砕蜂は、片手で糸を引き、低く構えたまま

鋭い眼光で男を睨みつける。

「私は刑軍団長砕蜂だ。・・・貴様を連行する」

「くそっ!」

宣告を受けた男が、最後の足掻きとばかりに足元の石を蹴飛ばす。

その拍子に男の履いていた下駄がすっぽ抜け、向かいの甘味処の柱に当たった後、

客の一人の後頭部を直撃した。

客が勢いよくあんみつに顔を突っ込み、下駄が土の上に転がる。

かなり気まずい。

通行人や他の店の店員達が固唾をのみ、状況を見守るが、突如それは破られた。

「くっ・・・ははははは、おまっ、ば・・・!!」

あんみつまみれになった客の同行者が茶をふいて笑い出したのだ。

それを合図に通行人も動き始め、町の住人達が店主と従業員を連れていく。

腹を抱えて笑い続ける男の隣で、あんみつを滴らせた男が、顔を引きつらせながら

店の主人から布巾を受け取って顔を拭いている。

その二人の正面に座った男は、厳つい顔に呆れの表情を浮かべていた。

しかしその顔とは対照的に、アンテナを立てすぎたような頭はかなり滑稽だ。

「おっかしーね、剣ちゃん!」

眼帯をつけた厳つい男の肩で、小動物のような幼女が笑った。

しかし、声を掛けられた当の本人は心太を掬うことに夢中だ。

むさい男達の中、ピンクの髪を揺らしながら幼子が笑う様は、ある意味異様だった。

「副隊長、僕のこと何だと思ってるんです・・・?」

店主に布巾を返しながら、マスコットのような「副隊長」を、不幸な男がジト目で睨む。

肩の上で切り揃えられた黒髪が未だにベトついているらしく、かなり不機嫌だ。

しかし、目尻に色とりどりの羽をつけた若者に睨まれてもあまり怖くはないかもしれない。

「いや、これは普通笑うだろ!隊長以外皆笑うっつの」

ようやく爆笑の渦から脱出したらしい男が、朱を引いた目尻の涙を拭いながら顔を上げた。

禿頭が目に眩しい。

「五月蠅い、この水晶玉!」

「ってめ、チビと似たようなこと言うな!占うぞコラ」

町の者達に引き継ぎを終えた砕蜂は、この一行を見て異色のお笑い芸人かと思った。

「一応謝罪に来たのだが。十一番隊隊長更木剣八、同じく副隊長草鹿やちる、

 第三席斑目一角、第五席綾瀬川弓親ご一行」

まさか誰も、こんな妙な連中が戦闘のプロだとは思うまい。

市街にすっかり馴染んだ雰囲気の彼らは、それほど庶民らしかった。

勿論、些か奇妙で目を引く存在であることも間違いないが。

「あ、二番隊の隊長じゃないスか」

一角が驚きを隠せない表情で言うと、弓親も振り向き、それを確認する。

「あ、ざっしー!やっほー」

どうやら女性死神協会での通称らしい。どこかの湖にでも棲んでいそうだ。

「綾瀬川が被害を被ったようで、すまなかったな」

「まあ、砕蜂隊長がしたわけでもありませんし」

勝手に一角が返答し、弓親に文句を言われるが黙殺する。

背後では剣八が未だに心太と格闘中だ。

「それより、何でこんなところに?」

「それは・・・料理の材料を買いに来たのだが、正直よく分からなくて

 困ってしまってな・・・少し助けてくれないか?」

一角は少し意外そうに眉を上げた後、あっさりと承諾した。

「あくまで他言無用だぞ?」

自分でも普段の性格と噛み合っていないと自覚しているのか、

僅かに頬を染めて一角を睨む。

同じ睨みでも先刻とは違い、可愛く見えてしまうから女というのは不思議だ。

一角は心密かにそんなことを思ったが、そんなことで死にたくないので口にはしない。

「別に誰にも言いやしませんけど、俺で良ければ。まあ、慣れてますし」

「・・・・・慣れてるのか」

「いや・・・こんな男所帯、普通の女にも任せておけなくて」

新事実発覚。十一番隊専属家政夫さん発見。

「じゃあ、まず材料見せて下さい。それぞれ安いトコ違うんで」

最早何と言っていいのか分からないが、取り敢えず頷いておく砕蜂。

給仕係の娘から渡された紙を見せると、一角は言葉に詰まった。

羅列してあるのは、七色キノコだの怪鳥の巻き角だの、

明らかに市販では手に入らない品ばかりだ。

心なしか、一角の表情が青ざめているのを見て、砕蜂は首を傾げた。

弓親も紙をのぞき込んで、ああ、あれか・・・などと遠い目をしている。

後ろでは、剣八のあまりの不器用さに焦れったくなったやちるが、

箸を取り上げて口に心太を突っ込んでいる。

「?どうした、斑目」

「いや・・・これ、元々十一番隊の特訓メニューなんですけど。

 隊員達に自分で材料を取りに行かせて、それを調理する。

 しかも戦闘に特化した成分のみで構成されてて、他のことは何も考えないっつーおっそろしいモンでして」

材料集めには、猛者百人で三日三晩かかった。

因みに、まともに完食出来たのは剣八とやちるくらいのものだ。

一角は意地で食べきったが、弓親など見た目が美しくない、

と言って手をつけもしなかった。

しかし、その選択はある意味成功だった。

何故なら、その後一週間隊員の5分の4が腹を下す、または寝込むといった症状を訴えて欠勤したからだ。

そして、それ以来作られたことのない伝説のメニューでもある。

「そうか・・・ならば、我が二番隊にはうってつけだろう。

 何しろ、ソウル・ソサエティが誇る隠密機動の能力向上のためだ」

立派にも言い切った砕蜂に、やちるが力強く同意する。

「偉い、ざっしー!剣ちゃん、あたしたちも明日は協力してあげようよ!」

さっきからずっと心太を咀嚼している剣八は、鈴を鳴らして頷いた。

一角は後悔したように目を覆い、弓親も諦めたらしく首を竦める。

隊員達には申し訳ないが、もう一度地獄を見て貰う羽目になるだろう。





それから三日、十一番隊の執務室は空となり、

帰ってきてから一週間は四番隊の医務室が大忙しだった。

そして、やっとのことで全員が復帰した日の正午、砕蜂が十一番隊を訪ねてきた。

「手伝って貰ったのだから、最初に食べて貰おうと思ってな。

ちゃんと味見はしてあるから平気だ」

そう、例のごった煮闇鍋風味を大鍋一杯に抱えて。

変人奇人揃いの隊長の味覚に保証されても、むしろ危険なくらいだ。

しかし、折角の申し出を無下に断ることもできない。

というか、既に隊長と副隊長が美味しく頂いている。

隊員一同は腹をくくった。

彼らも、いっぱしの男ならば、女性の厚意を無駄には出来ないことを知っていた。

「ちょっ・・・待て、せめてこの書類を提出してから!

 溜まりまくって期限が明日なんで、ぎゃーーーーーっっっっ!!!!!!」

必死の抵抗も空しく、一角の断末魔が響き渡る。



十一番隊の機能が完全復活するのは、まだまだ先のことだ。









後書きという名の語り

はい、梨花さんへのキリ番小説です。遅くなってすみません!

しかもこんなくだらない内容で重ね重ねすみません!!

私は、十一番隊のデスクワークは、ほぼ一角一人で動いていると思います。

だって、他の隊員がまるきり向かなそうだし。(笑

十一番隊の機能が停止した分の仕事は、もれなく他の隊に回ってきます。

たった一人で護廷十三隊に大打撃を与える女、砕蜂・・・うーん、大物ですな!






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