夕方、ひとつの小柄な影が十番隊舎の渡り廊下を歩いていた。

逆立った銀の髪、真っ直ぐ前を見据えた翠の双眸、漆黒の死覇装。

隊長の証たる羽織を纏う彼は、十番隊隊長日番谷冬獅郎その人だった。

今し方本日分の仕事を終えた彼は、執務室を出て隊舎を後にするところで、

当然表情には疲労の色が濃く表れている。

しかし、隊舎を出た直後、目に映ったものを見て眉根を寄せ、唇を引き結ぶ。

程なくして相手も日番谷に気づき、手を振りながら近づいてきた。

「やあ、冬獅郎。元気だったかい?」

長い白髪が特徴的な遭遇者は、日番谷を見て朗らかに笑った。

「・・・お久しぶりです。浮竹隊長」

十三番隊隊長、浮竹十四郎。護廷十三隊の中でもかなりの古参に属する実力者だ。

故に、日番谷も敬意を払って丁寧な言葉を使う。

だが、浮竹の態度は至って気安いもので、

名前が少し似ているという理由で日番谷に妙な親近感を持っているくらいだ。

それだけならば良かった。

だが、この変わり者は何の意図があってか会う度妙なことを言ってくる。

それがまるきり子ども扱いされているようで、日番谷は堪らなく嫌だった。

何度もあからさまに顔をしかめて拒否している筈なのだが、

彼は全く聞く耳を持たないのだ。

そして、今日も。

「折角会えたことだし・・・何かお菓子をあげよう」

(出たよ、この親父)

そう。一度も欲しいといった憶えはないのに、

何故か毎回こうして菓子を与えようとするのが、彼と出くわした時の常だった。

日番谷にしてみればそんなものは寧ろ嫌いなものに分類されており、

迷惑以外の何物でもない。

なのに、この浮竹という男は相当鈍いらしく、

日番谷の憮然とした表情にも一向に気づく様子がない。

だから、今日こそはっきりとそういう行為を控えるよう伝えようと思っていた。

「えーと、今日は何を持ってただろう。・・・お、金平糖があるな」

「浮竹隊長。悪いですけど俺そういうのは遠慮します」

眉間に皺を寄せてきっぱりと告げた日番谷を意外そうな目で見下ろした浮竹は、

思案顔をつくり、それから懐を探り始めた。

「・・・・・・?」

訳が分からず困惑する日番谷を他所に、浮竹は何かの包みを取り出した。

そしてそれを日番谷の手の上に置くと、にっこりと破顔する。

「この前買った饅頭だ。結構美味いぞ」

「はあ。そりゃ有難う御座います・・・って、ちょっと待て!?」

「ん?金平糖は嫌いなようだったから饅頭にしたんだが・・・

 饅頭も嫌いだったか?」

素で首を傾げる浮竹に、日番谷は片手を額に当てた。

ここまで鈍いと、最早天晴れとしか言い様がない。

「そうじゃなくて・・・」

「やい貴様!さっきから聞いていれば隊長の好意に文句ばっかつけやがって!

 いくら隊長格でも容赦しねェぞ!!」

「そーだそーだ!!なんて羨ましい・・・!それなら私が欲しいくらいよ!」

日番谷が再度説得を試みようとしたとき、浮竹の後方辺りから

暑苦しい喚き声が聞こえてきた。

「・・・誰だ?」

分かりきってはいるのだが、一応投げ遣りな調子ながらも訊いてやると、

不敵な笑い声と共に二つの影が飛び出してきた。

浮竹と日番谷の間に立ちはだかった影が順に名乗りをあげる。

「十三番隊第三席小椿仙太郎!」

「同じく虎徹清音!」

彼らなりに格好良くポーズをキメながらの登場シーンも、これで46回目だ。

言われなければ単なるヒゲ面しめ縄親父と熱血女だが、

これでもれっきとした護廷十三隊席官の一員・・・の筈である。

会う度終始この調子なので、日番谷としては未だに信じ難いことだが。

とにかく、隊長を尊敬しまくる二人的には、日番谷の対応が許せなかった。

そのせいで毎回こうして突っかかってくる。

日番谷にしてみれば迷惑以外の何物でもない。

「お前らな・・・俺は一度も欲しいなんて言ったことねェからな」

「「なんて罰当たりなことを・・・!」」

呆れた口調で応対する日番谷に、二人は大袈裟なほど後退る。

「隊長の菓子だぞ!欲しくないのか?欲しいだろ?欲しいに決まってる!」

「そうそう!あなたは段々隊長のお菓子が欲しくなーる、欲しくなーる」

何と言うか、二人してまるで阿呆な押し売り商人のようだ。

「欲しいよな!?」

「欲しいよね!?」

物凄い剣幕の暑苦しい顔二つに圧されて、日番谷は生返事で肯定した。

途端に、これ以上ないほど二人の目が輝く。

「だよな!でも俺がそれを横取るから覚悟しろよ!」

「やっぱり!?けど隊長からお菓子貰えるのは私だけなのよね!」

だったら最初から言わせるなよ。

体力が残っていたらそう反論しようと思っていたのだが、

生憎とそこまで仕事に手を抜いてはいない。

「お前ら・・・結局何がしたいんだ?」

「「勿論、隊長を認めさせたい」」

「・・・・・・それは、喧嘩売ってるのか?」

「「いや全く」」

日番谷は急に眩暈を感じた。

すんでのところで踏み留まり、浮竹の方に向き直る。

それから苦い顔で二人を指差し、浮竹に抗議する。

「こいつら何とかならないんスか?」

「ん?元気で何よりじゃないか」

「・・・・・・」

そうだった。

仮にもこの男は二人の上官なのだ。

日常的にこれらと接しているのだから、慣れっこで当たり前である。

日番谷は再度激しい頭痛に苛まれるような気がした。

「ところで冬獅郎。結局君は何のお菓子が欲しいんだ?」

「は?いや俺一度も・・・」

「うーん、金平糖と饅頭は嫌いなようだから、これとか」

人の話聞け。

相手が部下だったら即座に怒鳴りつけるものを、

必死に堪えて拳を握り締めるのに留める苦労人日番谷。

そんな彼の前に今度は羊羹が差し出された。

「いや、だから俺は・・・」

「隊長、私の方が欲しいであります!!」

日番谷の声を遮って清音が割り込むと、浮竹は僅かに首を傾げた。

「清音、お前そんなに甘党だったか?」

問われて、清音は返答に詰まる。

勿論、単に隊長のくれるものだからこそ欲しいのであり、

純粋に羊羹を求めているわけではない。

更に言えば、日番谷を妨害したい故の行動でもある。

などと言う訳にもいかず、清音は俯き、しばし沈黙が訪れる。

と、突如名案を思いついたように勢いよく顔を上げた。

「そう!今日のラッキーアイテムが羊羹なんです!

 さっき姉さんの占い雑誌を見たら、羊羹を食べるといいことがあるって」

「さっき?今日は一日中俺と仕事をしていたんじゃなかったか?」

「え、あ、間違えました。朝です、朝見たんです!」

苦しい。非常に苦しい。

だが浮竹はあっさりとそれを信じ、羊羹を手渡した。

「そうか。ほら、これ。早く食べないと今日が終わってしまうぞ?」

「あ、はい・・・」

浮竹に促され、清音はその場で羊羹を食べ始めた。

切り分けた羊羹を口に運びながらも、仙太郎と目配せする。

「じゃあ冬獅郎には煎餅を・・・」

「隊長っ!!」

びしりと右手を上げて仙太郎が浮竹を呼ぶ。

「何だ?」

「その、自分は一日一袋煎餅を食べないと死んでしまう体質でして・・・」

どんな体質だ。

実際有り得ないことだが、浮竹は人の好さそうな笑みを浮かべて

煎餅を仙太郎の手の上に置いた。

「硬いから、気をつけて食べなさい」

「はっ!」

敬礼して、物凄い速度で煎餅を貪り食い始める。

その横では清音が羊羹を一本の半分ほど平らげていた。

一心不乱に菓子に向かう部下の様子を見て、浮竹は可笑しそうに笑った。

「二人とも、そんなに欲しいならもっと早く言えばいいだろう。

 まったく・・・食べ過ぎて腹壊すなよ」

尊敬する浮竹の優しい言葉に、二人の動きが止まる。

数秒の後、二人して廊下に手をつき、極端に落ち込んだ。

「俺たちは・・・なんてことを・・・!」

「隊長を騙してあまつさえ心配させるなんて・・・!!」

ぎりぎり日番谷に聞こえるくらいの声でぶつぶつと呟く二人を眺め、

日番谷は呆れるしかなかった。

「お前ら阿呆だろ・・・」

ある意味見事な自爆っぷりではあるが。

「隊長・・・今日はこれで失礼します・・・」

「私も・・・お疲れ様でした・・・」

結局、ブラックオーラを纏ったまま彼らは退場した。

「気をつけて帰れよー。・・・で、冬獅郎。団子ならどうだ?」

まだやるつもりらしい。

「要りません」

「駄目か。じゃあ、らくがんは?」

「いや、それも・・・というか根本的に」

「うーん。あとかりんとうと練り切りとあんころもちくらいしかないんだが、

 何か食べられそうなものはあるか?」

ここまでくると、意地でも何かあげたいようで、

浮竹は片っ端から袖や袷を探っている。

一体どこにそれだけの菓子が入る場所が・・・?

聞いたら二度と十三番隊に近寄れなくなりそうなので、日番谷は聞くのをやめた。

「そういう問題以前に、俺はそういう和菓子が好きじゃないんです」

ついにきっぱりと言ってのけると、浮竹は少々困った風な表情を見せた。

「そうなのか・・・。なら俺は一体何をあげればいいんだ?」

そもそも何かあげなければいけない、という思考が間違っていることに、

浮竹は気づいていないのだろうか。

「・・・よし!」

「は?」

日番谷がどこから説明しようか迷っている内に、

浮竹は勝手に何かを決意して立ち去ろうとしていた。

「ちょっ・・・浮竹隊長!?」

「冬獅郎!明日楽しみにしていてくれー!」

「・・・何する気だあいつ・・・!?」

結局、絶大に嫌な予感を背負いながら、日番谷はその日帰った。

その頃辺りはとっくに真っ暗で、

日番谷は数時間の無駄な時間を過ごしたことにその時初めて気づいたのだった。





翌日。

いつもどおり仕事をするため執務室に足を踏み入れた日番谷は、

事務机の上に乗った大きなバスケットに、昨日の嫌な予感を思い出した。

入り口の方まで漂ってくる甘い香りに覚悟を決めて中を覗くと、

予想通りそこには洋菓子が山盛りになっていた。

「―――――・・・・・・っ・・・!」

そのあまりの様相に、日番谷は絶句した。

板チョコが何十枚も積み重なり、クッキーとビスケットの缶で底が見えない。

様々なグミやラムネ、ポテトチップスにスナック菓子の袋に占領された周りには、

これでもかというほどのペロペロキャンディーが列を成している。

おまけにバスケットの側にもパフェやらケーキ、ドーナツの類が

机を埋め尽くすように置かれていた。

日番谷がバスケットを降ろそうと手を掛けると、

途端にガムやソフトキャンディーがいくつも足元に散らばる。

と同時に、一切れの紙片が落ちたのを目に留めて拾い上げる。

「・・・あの野郎・・・ッ!!」

その内容は、こうだった。

『冬獅郎へ

 和菓子は苦手なようだったから、今度は洋菓子にしてみたんだが、どうだろう?

 沢山あるから隊員たちと仲良く食べてくれ。

 P.S.下にアイスも置いてあるから、出来るだけ早く冷凍してくれ。

 ドライアイスで火傷するなよ。

 浮竹』

日番谷は、読み終わった紙片を盛大に握りつぶして、

叩きつけるようにゴミ箱に投げ捨てた。

そもそも和菓子、洋菓子というレベルではないことに、

何故あいつは気づいていないのだろう。

しかも隊長が隊員にお菓子を振舞うなどという真似が出来るはずもない。

一体どう処分しろと言うのか。

多分、何も考えずに贈ったのだろうが。

そこまで想像してから、大きく溜息を吐いて、バスケットの取っ手を掴む。

息を吸って、据わった目でバスケットを持ち上げて、そして―――・・・

「誰がこんなに食うかボケーーーーーーーーーーッッッッッ!!!!!!!!」

片付けが大変なのを分かっていながらも、

怒号と共にバスケットをひっくり返した苦労人日番谷であった。







あとがき(反省文)

えー、こんなんでも一応梨花さんの6500HITリクです。

これで勘弁してください。

というか、下手すると浮竹×日番谷になりかねないような・・・コレ。

本人そんなつもりまったくありませんけど。

本当に、こんなしょうもない駄文ですみませんでした!




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