その日の夕方、晴明はいきなり酔狂なことを言い出した。

「なぁ、この頃吉平は家を出て吉昌は宿直続き・・・寂しいと思わんか?」

その場にいた十二神将玄武、太陰、朱雀、天一は、その言葉を受けて

お互い顔を見合わせた。

「いきなりどうしたんだ、晴明・・・?」

代表して玄武が訝しげに問うと、晴明は大きく破顔した。

「いや何、たまには気分転換に闇鍋でもしようかと」

思えば、あの時反論しなかったのが運の尽きだった。







そんなこんなで、その晩の食事は闇鍋になった。

参加者は、晴明と、玄武、太陰、朱雀、天一、青龍、天后、白虎の八名。

下準備を担当した天后以外は、事前に晴明に言われて、

各自食材を一品ずつ持ち寄っている。

「じゃあ、灯りを消すぞ」

朱雀が言い、途端に辺りが真っ暗になる。

皆が食材を取り出す音が闇に響いた後、晴明の合図で順にそれを鍋に入れる。

ふたを閉め、鍋を火に掛けること数十分。

世にも恐ろしい安倍家特製闇鍋が完成してしまった。

晴明の提案により、式神が具材を一種類ずつ器に取り分けると、しばし沈黙が流れる。

各自に器が配られる。

皆が腹を括り、誰からともなく箸を取る。

そして、一口目を口に入れた瞬間、それぞれの気配の変化が伝わってきた。

晴明に命じられた朱雀が再び灯りをつけたとき、

鍋の中身は一部惨憺たる有様を呈していた。

まず、晴明が最初に口にしたのは、まともな昆布巻きだった。

「ふむ、美味い。これは誰の食材だ?」

問われて天一が静かに手を挙げた。

お褒めに与り光栄です、と微笑んだ天一の隣では朱雀が密かに拳を握りしめている。

あからさまなジト目から強烈な思念が漂ってくるが、相手が悪かった。

朱雀の真っ直ぐな「俺が最初に食べたかったのにビーム」は

晴明に軽々かわされ、昆布巻きは晴明の口内に放り込まれた。

その光景を前に打ちひしがれる朱雀を、天一が優しく慰める。

「今度は朱雀一人のために料理を作ってあげるから・・・ね?」

「天貴・・・!」

眼前の完全バカップルを無視して、晴明が天后の皿を覗き込む。

これまた常識的に、魚の切り身が当たったようだ。

「今度は誰の食材だ?」

「俺だ」

短く応えたのは、晴明に無理矢理参加させられたせいで

いつもより眉間の皺を一本増やした青龍だった。

「なるほど・・・。天后、美味しいか?」

「はい」

小さく頷く天后を見、満足そうに晴明は笑う。

一瞬青龍に視線を送るが、余計なお世話とばかりに睨まれてしまった。

よく見ると小骨もちゃんと抜いてあるし、大きさも小さめに切ってある。

これは青龍が意外に几帳面なだけか、それとも・・・。

意地の悪い笑みを浮かべた晴明は、天一の器に視線を移した。

「これは・・・まあ訊くまでもないな。次に行こう」

「待て待て晴明。何だそのあからさまな差別は」

朱雀の物言いが入るが、晴明は意に介さない。

何故なら、器の中には干し杏が入っていて、

尚且つそれを見た瞬間朱雀の目が輝いたからだ。

「この前天一が美味しいと言っていたから、都で評判の品を買ってきた。

 本当は俺自身が作りたかったんだが、時間がなくてな・・・。

 勿論、今度全てを極めた干し杏を作る予定だ」

自信たっぷりに言い放った朱雀に、天一以外の全員が呆れた視線を送る。

流石と言うべきか何と言うか・・・そこまでいくと最早職人の域だと思うのだが。

しかし、一同はそこで恐るべき発言を耳にした。

「ありがとう、朱雀。この杏とっても美味しいわ」

「「「え?」」」

いや・・・それ、鍋に入れちゃったやつですよね?

誰もが心中で同じツッコミをするが、怖くて訊けない。

「お・・・おぉ、白虎は何に当たったんだ?」

あからさまな現実逃避にも今は誰も逆らわない。

「これは山菜だな」

「それは、我が採ったものだ」

「そうか。大分まともで安心したぞ・・・」

その言葉を聞くと、玄武が遠い目をした。

「あぁ。隣に猪を縛っている少女がいたから、

 過剰なほど保守に走ってしまったのかもしれないな・・・」

「何が言いたいのよ」

口を尖らせた太陰が玄武を睨む。

「いや別に。風の矛を自由自在に操って山の獣をばったばったと薙ぎ倒し、

 嬉々として引き摺る猛者を見たら、平和主義の必要性を切実に感じただけだ」

涼しい顔で太陰の眼光を受け流した玄武は、ちらりと自分の器に目をやる。

「・・・その後の処理も豪快だったようだな・・・」

その中には、皮は剥いであるものの、骨がむき出しの猪肉が一塊入っていた。

「う・・・。だって、上手くできなかったのよ!」

「太陰、それで良いと思っているのか?」

太陰の抗議には、彼女にとって最悪の相手が対応してしまった。

訥々と語り始める白虎を横目に、萎縮している太陰の器の中身を確認すると、

ごくごく普通のつみれが姿を見せた。

「多分、これが白虎の食材だろうな」

理路整然と述べられる説教を中断するのは憚られて、晴明は静かに姿勢を戻した。

「さて、青龍は何だった?」

天后が食材を用意していない以上、

残るは晴明の食材が入った器か空のものしか有り得ない。

そして、青龍の器は空っぽだった。

「なんだ、空だったか。お前に当たったほうが面白いと思ったんだがなぁ」

「晴明、一体何を入れたんだ?」

「まぁ、そう怖い顔をするな」

厳しい語調で問う青龍と、軽く受け流す晴明。

実は安部低ではよく見られる光景だ。

「空ではなかった。ただ、一つしか入っていなかったようだ」

「ふむ、どういうことだ・・・?」

「すみません、晴明様。一人だけ不参加というのも寂しくて・・・」

訝しげに話す二人の間に、天后が言葉を挟む。

少し気が引けたようで、俯いた顔に癖のない銀髪がかかる。

「気にするほどのことでもないだろう。それより青龍、何が入っていたんだ?」

少し間を空けてから、青龍は答えた。

「・・・俗に言う、餅巾着だな」

「そうか。で、最後は朱雀だが・・・」

晴明が話題を変えるが、青龍はあまり聞いていなかった。

天后が、一つだけつくったもの。

外見は、俗に言う餅巾着だったが、中身は違った。

かなり前に、一度ぽつりと好きだと漏らした事のあるものが入っていた。

その時天后だけが聞いていて、以来他の誰にも言った覚えのないもの。

本当に小さく呟いたから、天后にさえ聞こえていたかどうか怪しいと思っていた。

偶然なのかと思い、天后を見ると、確かにこちらを向いて淡く微笑んだ。

「・・・・・・」

「で、晴明、お前は結局何を入れたんだ?食ってもよく分からなかったんだが」

朱雀が不思議そうな表情で訊くと、晴明はさらりと答えた。

「あぁ、それか?大内裏で適当に拾ってきた雑鬼の肉だ」

「「「―――――っっっ!!!!」」」

瞬間、反射的に場の全員がひいた。

「晴明、お前・・・!!」

「本当に・・・!?」

「いや、こいつならやりかねないぞ・・・!」

唖然とする神将たちを前に、晴明はさも可笑しそうに笑った。

「冗談だ」

ほっと胸を撫で下ろす神将、特に朱雀に晴明は説明する。

「本当は、蛙の肉が入っているんだが・・・

 普段食べないから分からんだろう?」

晴明が意地悪く口端を吊り上げて目を細めた後、

皆でげっそりした顔をして、諦めたようにため息をついた。

そして、結局は食材を取り分けて和やかに食事は進んでいった。

太陰が玄武に嫌いな山菜を押し付けようとしたり、

朱雀が天一に昆布巻きを食べさせてもらったりして、あらかたの食事が終わった頃

食べ終わった器を運ぼうと天后が席を立つと、

同じく器を運ぼうとしていた青龍が天后の器を取り上げた。

「俺が持っていく。・・・それと、中々良い味だった」

それだけ言うと、すぐに青龍は背を向けて器を運んでいってしまった。

・・・たまたま青龍に食べてもらえただけでなく、そんな言葉まで聴けるなんて。

天后は軽く目を瞠り、少しの間立ち尽くしていたが、

すぐに片づけを手伝おうと青龍の後を追い、告げた。

「ありがとう。今度また作っても良い?」

戸惑うように眉をひそめた青龍は、いつもどおり不機嫌そうな声音で言った。

「好きにしろ」













あとがき

えーと、一応一万ヒットのキリリク小説です。ヘボくてすみません・・・。(汗

私の中で青龍と天后は若夫婦のイメージが強いです。

青龍は一見冷たいけど、実は天后の可愛さに負けて色々してあげる夫で、

天后は、周りに冷たいと言われる夫の本当は優しい所に惹かれて健気に尽くす妻。

とかそんな妄想ばっかしてるからこんなんになっちゃうんだろうなぁ・・・。









玉兎