私の気持ちがお前を動かすことはないだろう

私の笑顔がお前を救うことはないだろう

だからせめて この言葉がお前に届くように・・・





「じい様ー」

舌っ足らずな声で自分を呼ぶ声に、大陰陽師安倍晴明はゆっくりと振り向いた。

とてとてと走り寄ってきた幼い孫を膝に乗せると、柔らかく頭を撫でてやる。

「あのね、さっき母上と市場に行ったら、綺麗な葉っぱが落ちてたんだ。

だからこれ、じい様にあげる!」

そう言って差し出されたのは赤く染まった楓の葉。

「ふむ。もうそんな季節か・・・」

感慨深げに紅葉を眺めた後、少し思案した晴明は昌浩に笑いかけた。

「昌浩や、今度紅葉狩りに行ってみるか?」

一瞬呆けた表情で固まった昌浩はしかし、すぐに目を輝かせて頷いた。



紅の葉に隠す想い −紅の背に届くもの−



都の外れにある山の奥。そのひらけた一角で、晴明たちは紅葉狩りを満喫していた。

総勢七名、半数以上の十二神将を連れて。

「ほら、玄武もこっち来て見なさいよ!」

元気にはしゃいでいるのは勿論太陰で、

玄武の腕をひっ掴んであちこち引きずり回している。

因みに、当の玄武は半ば諦めたような顔で大人しく従っている。

その二人を穏やかに見守りつつ自分も紅葉鑑賞を楽しんでいるのは白虎だ。

当然、晴明たちをここまで運んできたのも彼だ。

もし太陰に任せたら、山の紅葉が一枚残らず散ってしまったかもしれない。

いつも通り不機嫌そうな青龍は、少し離れた平らな岩の上で片胡座をかいている。

晴明に無理矢理連れてこられたのか、紅葉を見ることもせずただ瞑目している。

そして騰蛇は・・・手頃な木に寄り掛かって腕を組み、晴明と昌浩を眺めている。

こちらも晴明に連行されてきたのだろう。

あまり周囲の光景に目を向ける様子もない。

そこまで確認したところで、勾陣は隣にいる天后に一言断りを入れてから

紅蓮に近づいていった。



「折角来たんだから、少しは楽しそうにしたらどうだ?」

寄り掛かっている気の裏側から突然声を掛けられて、紅蓮は僅かに瞠目した。

近づいてくるのは気づいていたが、まさか話しかけてくるとは思いもしなかった。

最凶の闘将たる自分に接触しようと思う者など、ほとんどいない。

「・・・昌浩が俺に懐いているから、と強制的に連れてこられただけだ。

来たくて来た訳じゃない」

「だろうな」

実際、昌浩の見鬼の才は現在晴明によって封じられているので、

それが理由ではないだろう。

勾陣には、楽しそうな昌浩を見て少しでも紅蓮が穏やかな気持ちで過ごせれば、

という晴明の意志が感じられた。

「だろうな、ってお前・・・」

勾陣の返答に拍子抜けした紅蓮は、思わず呆れたような声を返す。

「来た理由が何であれ、今此処にいるからには、楽しんだ方が得だろう?」

勾陣が笑いを含んだ声音で訊くが、紅蓮はそのまま押し黙ってしまう。

「どうした」

訝しげに首を傾け、目を細める勾陣。その動作に合わせて癖のない黒髪が揺れる。

暫く間を置いてから、紅蓮はおもむろに口を開いた。

「・・・俺に」

一度言葉を切り、何かを堪えるような目をしてから、言葉を続ける。

「俺に、何かを楽しむような真似は許されていない」

喉の奥から低く息を吐き出し、堅く目を瞑る。

まるで、現実から目を背けるように。暗闇に沈み込むかのように。

「・・・・・」

小さく嘆息した勾陣は、無言のまま木の幹から体を浮かせた。

そして、紅蓮の前に回り込んでその顔を見つめる。

二人の距離は、約1メートル。

髪を耳に掛け、悪戯っぽく微笑むと、一歩歩み寄り・・・



紅蓮の額を思い切りこづいた。



「だっ!」

ゴン、と鈍い音をたて、紅蓮の頭が木に激突した。

顔をしかめた紅蓮が、戸惑った顔で抗議の声を上げる。

「勾、何を・・・」

「まったく、いつまでも昔のことをうじうじと」

「なっ・・・」

言われ放題され放題の紅蓮は、憤慨する暇もない。

心底呆れた、とでも言うように勾陣は頭を振った。

「いつまでも殻に籠もっているな。周りをよく見ろ。

・・・世の中にはお前を責める奴しかいないのか?」

言い終わり、勾陣は息をついた。

仲間の普段とは違う態度を垣間見た紅蓮は、あっけにとられた表情で固まっている。

その時、勾陣の背後から可愛らしい声が聞こえた。

「ねぇねぇじい様、本当にこっちに紅蓮がいるの?全然見えないよー?」

驚いた紅蓮は、反射的に昌浩に近づこうとした。

「昌浩・・・?」

いきなり自分の名が挙がったことに紅蓮は驚いた。

いや、本当に驚いたのは、自分の名前を昌浩が憶えていたことに対してだった。

本当に時々、危なっかしいときにだけ現れるだけだったのに。

「本当だよ。ただ恥ずかしがっているだけだから、名前を呼んであげなさい」

「そっか・・・。ぐれーん!出てきてー!」

「姿を見せてやったらどうだ?」

軽く笑った勾陣に背中を押された紅蓮は、まとう神気を若干強めた。

「あっ、紅蓮だ!」

嬉しそうに駆けてきた昌浩を紅蓮は片腕で抱き上げた。

「どうした、昌浩?」

「はい、これ!」

昌浩が掲げたものが、紅蓮の金の瞳に映る。

「あのね、綺麗な葉っぱが一杯降ってきたから、

紅蓮にも一枚分けてあげようと思ったんだ」

それは、色鮮やかな紅葉だった。

「頑張って、紅蓮の髪の毛に一番似てるの探したんだ!」

その言葉を聞き、紅蓮は自分でも無意識のうちに顔を綻ばせた。

「そうか・・・ありがとう」

紅蓮が喜んでいるらしいことが分かった昌浩も、満面の笑みを浮かべる。

傍らにいる晴明も、その光景を見て満足そうに破顔する。

そして勾陣も、久しぶりに自然な笑顔を見せた紅蓮の様子に、柔らかく微笑む。

ふと思いついたように、昌浩が問う。

「ねー紅蓮、いつもどこにいるのー?」

「・・・姿は見えなくても、いつもお前の傍にいる」

そう言われた昌浩は軽く目を瞠って、興奮しながら確認した。

「ほんと!?」

「あぁ」

紅蓮の返事に昌浩は溢れる喜びを体全体で表し、仄かに頬を紅潮させた。

「じゃあ、これからもずっと一緒だね!」

昌浩の笑顔に、紅蓮は目を細めて答える。

「そうだな」

それはきっと、太陽を眩しく感じるようなもの。

射す光は闇を貫き、照らす熱は心を暖める。

小さく脆い太陽よ、どうか翳ることのないように。

願わくば、何者もこれを曇らせぬように。

・・・俺にも、雲を払うことくらいは出来るだろうか?





後書き

設定は原作に沿って、時軸は昌浩3,4才時。

しかし節操のないサイトだ・・・ノーマルCP何でも書いてる気がする。

書いてないのは六合×風音と晴明×若菜くらいのような気が・・・。

一応本命は青龍×天后の筈なのに、増えない増えない。

メイン担当ジャンルなのにめっさ久しぶりの更新ですみませんでした!





write with 玉兎