昔々、とは言わないが。

とある時代のとある島国に存在するかもしれないとある町。

その名の通り穏やかで平和な平安町で暮らす、

ちょっとばかり個性的な住人とその関係者たちの物語が、ここにある。










平安町内の某マンションの一室。

とても広くはないが、親子三人が暮らすには十分な広さの家で、

一家は今日もいつも通りの朝を迎えていた。

「ごちそうさま」

小さめのダイニングテーブルに茶碗を置き、

その前に箸を揃えてから、玄武は礼儀正しく手を合わせた。

斜め前に座る天后が、空に近づきつつある自身の茶碗を一度置いて

嬉しそうに微笑んだ。

「今日も残さず食べてくれたのね」

「残すなど失礼だと教えてもらったのだから、当然だ」

素っ気なく返し、食器類を台所へ持って行く。

幼少期からしつけられたことを、彼はきっちりと守っているのだ。

学校の支度は当然のように前日中に済ませてあるし、

勉強などに関しても、基本的に玄武は「出来た子」と言われるタイプである。

実を言うと、その言葉には、もう一つ別の意味もあったが。

玄武が3年間と一月余り綺麗に使い続けたランドセルを背負って

玄関で靴を履いていると、表でチャイムが鳴らされた。

そう、

それは日々玄武に降りかかるトラブルの

殆どの元凶たる少女がやってきたことを告げる、

可愛らしくも微妙に非情なチャイムの音だった。

「げーんーぶーっ!迎えに来たわよー!」

相も変わらぬ、威勢の良い声が扉の向こうから届く。

少し呆れた様子でドアを開けると、

勿論そこには、一つ上の階に住む太陰の、悪戯っぽい笑顔が待ち構えていた。

「おはよ!」

「ああ。しかし、早朝から叫ぶのは近所迷惑だから止めろ、と

 昨日言ったと思うんだが」

元気な挨拶を軽く流してたしなめる手際は慣れた物だ。

最早熟練の域に達していると言っても良い。

だからといって、はいそうですかと素直に従う相手でもないのが

目下のところ玄武の最大の悩みだった。

「いいのよ。お隣は早起きで体育会系の朱雀家なんだし!

 それに、小学生より起きるのが遅い大人なんて起こされて当然よ!」

胸を張って独自の理論を掲げる太陰。

そんな、愛らしくも単純な思考が彼女の長所であり欠点でもあった。

そして、この屁理屈にいちいち補足を入れられるところが、

玄武の「出来た子」の知られざるもう一つの所以だったりするのだ。

「・・・太陰、仕事の都合上一般人と生活時間帯がずれている大人もいる。

 更に言うと、起きていても朝からそんな大声は聞きたくないと

 いう人もいるということを考慮した方が良いぞ」

毎朝恒例怒濤の一息ツッコミ。

これが日課というのもかなり悲しい。

「えー、でも・・・」

なおも抗議しようとする太陰の顔を見、腕にした時計を見、

玄武は屁理屈撃退剤を撒いた。

大きく息を吸い込み、口に手を当てメガホン状にした状態で叫ぶ。

「白・・・」

「きゃあああああああ!!!玄武、早く学校に行きましょ!

 それじゃあ玄武のお父さんお母さん行ってきまーす!!」

そう言って玄武の上着の襟を掴むと、

太陰は猛ダッシュで階段目がけて駆け出していった。

正に嵐のような少女である。

そうしてあとには玄関から手を振る天后の姿と、

階段を駆け下りる小学生二人分の騒々しい足音だけが残される。

これもまた、あまり珍しくはない日常的光景だ。










そして舞台は移り、給食時の学校。

今日はデザートにゼリーがついている。

しかも生徒が一人欠席ときている。

故に、教室では起こるべくして必然的に、熾烈なる争いが繰り広げられていた。

「「「じゃんけんぽん!あいこでしょ!あいこでしょ!!」」」

「勝ったァ!!」

「ぐぁっ!く・・・負けた・・・!」

「うおぉ、我が愛しのゼリーよ・・・」

「くそぉ!かあちゃんに給食費の元とってこいって言われてるのに!!」

たかがゼリー、されどゼリー。

世の常として食い物の恨みは恐ろしく、

それは小学生にとっては真剣勝負そのものだった。

瑞々しいフルーツゼリーを賭けた今回の闘いは、

男子七人女子一人の総勢八人で行われ、

空前絶後、前人未踏の激しい物となっていた。

しかしその闘いもそろそろ佳境に入り、いよいよ決勝戦を迎えていた。

記念すべき決勝戦は、ガキ大将VS太陰の一戦。

この教室内で幾度も繰り返された、お馴染みの一騎打ちだった。

今やどちらが勝つかにスープの具を賭ける輩もいるほどにお馴染みだ。

因みに、いつの間にかレフェリーの役は玄武に定着していた。

何故かは誰も知らない。

本人ですら知らない。というか本人が一番切実に教えて欲しい。

「では、本日の決勝戦・・・牛乳早飲みを開始します。

 双方、準備はいいですか」

その上何故か敬語。

流れって恐ろしい。

「おう!」

「いつでも来なさい!」

元気の有り余った返事を聞いて、玄武は静かに目を閉じる。

「よーい・・・」

一瞬、緊迫した空気が教室内を満たす。

数拍の後、玄武は目を見開いて「はじめ!」と叫びながら

スタートフラッグ(先生のノート)を勢いよく振り上げた。

両者一斉にキャップを開けて、腰に手を当て一気飲みし出す。

透明なビンの中に並々と入っていた白い液体が

見る見るうちにそれぞれの喉の奥に吸い込まれていく。

牛乳が喉を嚥下する音が聞こえてもおかしくないほどの静寂が、

そのときの教室には満ちていた。

双方のビンの中で揺れる牛乳は残り僅か。

今年に入ってからの戦績(ガキ大将:十勝、太陰:十一勝)を考えれば、

どちらが勝ってもおかしくない。

玄武の目が、勝負の行方を見届けるために鋭く光っている。

ついに最後の一滴が、口内に吸い込まれて・・・。

ほぼ同時に、机の上にビンを置く音が響いた。

口元を拭いながら、二人の視線がジャッジの判定を求める。

玄武は二人の間に歩み寄ると、躊躇わず太陰の手を取って天井にかざした。

「勝者、太陰!!」

その瞬間、爆発的に教室が沸き立つ。

拍手の嵐が起こり、敗者は掃除直前の汚い床にうずくまる。

その肩を太陰が力強く叩き、にっこり笑って頷いて見せた。

ガキ大将が立ち上がり、二人は健闘をたたえ合う握手を交わす。

「・・・良い試合だったわ」

「いや、二勝も差がついちまった。また出直してくらぁ」

「そう。でも、負けないから」

握手が終わり、また闘志が燃え上がる。

こうしてここに、また新たな感動が生まれた・・・。

そのとき。

黒板の上に取り付けられたスピーカーから

昼食時間終了を告げる、間の抜けたチャイムが鳴った。

ガキ大将も席に戻り、掃除当番以外は昼休みの体勢に入り始めた。

「で、太陰。今からそれを食べるのか?」

というか既に食べ始めている。

おいしそうにゼリーを頬張りながら、

太陰は玄武にプラスチックスプーンを突きつけた。

「当たり前じゃない。だって今週玄武は給食当番でしょ?

 私が食べ終わるまで待ってて、その後ゼリーのカップを

 他のと一緒に捨てに行ってくれるわよね?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

半ば納得いかないが、半ば悟ったような表情だった。

同級生いわく、玄武はそんな顔をした。

そして結局、太陰がゼリーをたっぷり味わって食べ終えた後、

せめてもの妥協(?)として二人で仲良く給食室までゴミ袋を捨てに行った。

これが、玄武の日常である。










あとがき

ふと頭の中に思い浮かんで、

気づいたらパロで二万打小説書いてましたすみません。

しかもキャラ壊れててすみません。(土下座

寛大な目で見てくださる方がいれば幸いというか・・・。







write with 玉兎