思えば あのひとはあまり此方を見てくれない気がする

いつもそっぽを向いて 仏頂面をして そっけない口調で・・・

でも いつだってどこか優しいひと―――





「お帰りなさい、兄上」

「・・・・・・・」

あまり、良い予感がしない。

稀代の大陰陽師安倍晴明の長孫安倍成親は、家に帰った瞬間、直感でそう思った。

玄関で弟の昌親が爽やかな笑みを浮かべていて、

その横で太裳が僅かに申し訳なさそうな表情をしている。

この弟の食えない性格を考えれば、大体の予想はつく。

「・・・で、兄上。どうでした?」

「何がだ」

「何って・・・参議の娘さんとの逢引ですよ」

当然のように言って、笑みを深める昌親。

「・・・太裳、話したな?」

矛先を向けられた十二神将は、困ったように視線を逸らした。

「まあいい。それより、今日は随分と家が空いているようだが」

「ああ、それなら・・・兄上が姫を連れ出す場所の下見に」

「いい加減そこから離れろ」

「冗談ですよ。確か・・・都外れの山に、紅葉狩りに行ってる筈です」





紅の葉に隠す想い ―蒼の眼に映るもの―





はらはらと、視界の内を色鮮やかな紅葉が散っていく。

晴明に連れられて、他の神将たちと共に都外れの山奥まで紅葉狩りに来た

水将天后は、木陰でひとり佇んでいた。

先刻まで隣にいた友の勾陣は、騰蛇と話すために場を離れている。

残された天后は、誰の元へ行くでもなく、

ただ美しい葉が宙を舞う様を眺めていたのだった。

ふと首を巡らせた天后は、岩の上に片胡座を掻くひとりの同胞に目を留めた。

いかにも楽しくなさそうな雰囲気を醸し出す広い背と、

そよぐ風を孕んで僅かに浮き上がる青い長髪は、木将青龍のものだ。

数瞬、その姿を見つめた後、天后は彼の元へと歩み寄っていった。





背後から近づいてくる天后の気配を感じた青龍は、思わず眉をひそめた。

小さく嘆息した後、今まで紅葉に向けていた視線を外し、目を閉じる。

それからすぐに、青龍の正面から澄んだ女の声が響いた。

「隣・・・座っても良い?」

「好きにしろ」

応答すると、傍で静かな衣擦れの音が聞こえ、天后が腰を下ろしたのが分かった。

「・・・・・」

「・・・・・」

しばしの静寂を挟み、天后がおもむろに口を開いた。

「紅葉、見ないのね・・・」

天后が来てから、青龍はずっと瞑目したままの状態だ。

姿勢も変えず、微動だにしない。

「俺はこんなものを見たいと言った憶えはない。

晴明が勝手に言いだして、無理矢理連れてこられただけだ」

本当のところは、青龍に断られたと言って苦笑いする晴明を見た天后が、

悲しげな表情をしたから来たのだが。

勿論、それを此処で持ち出すような性格と青龍は遠くかけ離れている。

「そうだけれど・・・」

それきり、俯いて言葉に詰まる天后。

やりすぎたか、と内心舌打ちした青龍は、目を閉じたまま必死に繋ぎの言葉を探す。

何も彼とて、この心優しい仲間を泣かせたり苛めたりしたいわけではないのだ。

それどころか、幸福に笑っていて欲しいとさえ願う。

一つの、秘めた想いに基づいて。

「・・・何故俺の所になど来た?」

勾陣と一緒にいたのではないのか、と続ける。

我ながら下手な方法だと思うが、不器用な青龍にはこれで精一杯だ。

「勾陣は今騰蛇と話しているはずよ。好きにしていて良いと言われたから・・・

 なんとなく、貴方のところに来たくなって」

不機嫌そうな青龍の横顔を見つめながら、天后は答えた。

青龍が気を遣って、わざわざ話題を提供したことに気づき、自然と笑みが零れる。

このひとはいつだって、妙なところで天后の気持ちを考えてくれる。

それは時にとても判りづらい形をしているけど、天后には確かに感じられる。

もしかしたら、そんな部分に惹かれて、触れたくて、

「なんとなく」来てしまったのかもしれない。

一方、青龍にしてみれば天后の言葉は、ほぼ殺し文句だ。

目を開けそうになるのを、必死に我慢する。

姿を見たら多分、止まらなくなる。

「・・・・・っ」

なけなしの理性をフル稼働して、なんとか突き上げる衝動を抑える。

口を開けば本音が衝いて出そうで、不自然だと解っていながらも黙り込む。

「どうしたの・・・?」

急に無言になってしまった青龍の顔を、天后が横からのぞき込もうとしたその時、



少し離れたところから、ゴン、という鈍い音が聞こえた。



「・・・・・え・・・?」

何が起こったのかと、天后が訝しげに振り返ると、

騰蛇が木の幹に頭をぶつけたらしく、後頭部を片手で押さえていた。

思わず青龍も目を開け、音のした方を顧みる。

そして阿呆らしい光景を一瞥し、元の姿勢に戻ると、

風にそよぐ銀の髪が視界の端を掠めた。

ふわり、と。

向こう側の状況を把握した天后が、再び青龍に向き直る。

間近には、純粋に青龍を心配する翠の双眸と柳眉、きめ細やかな白磁の肌、

「すみません、話の途中で・・・。調子でも悪いの?・・・青龍?」

そして、青龍、と名を紡ぐ、形の良い桜色の唇。

近頃、己を律しようとまともに見ることを避けていた反動だろうか。

たったこれだけで、目が、離せない。

今し方見た騰蛇と、どちらがより呆けた顔をしているだろう。

そう考えてしまうほどに、見惚れていた。

無意識のうちに、手を伸ばす。

腰と背に腕を回し、優しく引き寄せると、天后が可愛らしい悲鳴を上げた。

「せ、青龍?」

戸惑う天后に、無茶苦茶な理屈を言い放つ。

「お前が悪い」

そう低く囁くと共に、軽く口づける。

「・・・・・!」

驚いた天后は目を見開くが、その表情の中には決して嫌がる色はない。

ほんのり頬を染める様は寧ろ、嬉しそうですらある。

有無を言わせず抱き寄せると、天后もそれに応え、青龍の肩口に顔を埋める。

「・・・今度から、先に言ってくださいね?」

消え入りそうな声でポツリと呟いたのを、青龍は聞き逃さなかった。

あえて明確な返事はしない。

だが、その無言自体が答えを示す。

微かに目を細め、青龍は天后を抱く腕に力を込めた。

その蒼の眼に映るのはただ、絶え間なく揺れる紅の葉のみ―――。










後書きという名の懺悔

なんかもう、色々すみません。

いやぁ、私は人に抱きつくのが好きなので、その表れではないかと。(違)

個人的には後ろからの方が好きなんですけど・・・まあ、シチュ的に。

何か・・・後書きまでこんなんで本当にごめんなさい。(土下座)

因みに最初のやり取りは完全に私の趣味です。






write with 玉兎