パタパタパタパタ、パン!

「日番谷くん日番谷くん、この子見て!」

「うるせーぞ、雛森。廊下はもう少し静かに歩け、それと・・・あぁ?」

視線を雛森の手のひらに向けた日番谷の声が、怪訝そうな物に変わる。

「なんだ?その・・・黄色い塊は」

「可愛いでしょ?ひよこっていうの」

手のひらに乗せた、もふもふの雛鳥を差し出しながら、雛森は満面の笑みを浮かべる。

よちよちと歩くそれは、日番谷の目を見つめて、ピヨ、と鳴いた。

この愛らしさの化身が、ちょっと騒がしい一日の始まり。



ひよこ物語



「いや、それがひよこだってのは分かるが・・・何でそんなモンをお前が持ってるんだ?」

「そこを歩いてるのを拾ったから・・・飼い主を捜してあげようと思って」

ほら、と雛森がひよこの左足首を指さす。

そこには、赤いプラスチック製のリングが付いていた。

きっと、首輪代わりのつもりなのだろう。

「しかし、そんな簡単に見つかるのか?」

日番谷の疑問は尤もである。何しろ、瀞霊廷内はとてつもなく広いのだ。

「うーん・・・もしも見つからなかったら、その時は・・・」

こういうときのタイミングというのは、お約束なほどに決まり切っている。

誰かが廊下を歩いている音がするが、そんな物は日常茶飯事なので気にする筈もない。

そして、タイミングの悪い誰かが、戸に手を伸ばした。

「二人でこの子を育てようね!」

当然の如く、戸が開いた。

「・・・・・はぁ!?」「えぇっ!?」

呆れたような日番谷の声と、誰かの引き攣った悲鳴が重なった。

日番谷と雛森が揃って振り向くと、そこには二つの人影があった。

一人は、目を丸くした、緩やかに波打つ金髪の美女。

もう一人は、驚愕に開いた口がふさがらないらしい、線の細い青年。

「なんだ、松本と吉良か。用件は何だ?」

日番谷が問うが、二人とも答えようとはしない。

吉良の方は、何かぶつぶつ呟きながら、小刻みに震えている。

やがて、乱菊が口を開いた。

「・・・隊長・・・・・隠し子?」

ピシャーン。

室内に、雷が走った。

「・・・・・」

「・・・・・」

沈黙が降りる。

おもむろに、日番谷が斬魄刀の柄に手をかける。

ゆっくりと息を吐き出してから、乱菊を睨み付ける。

「松本、てめぇ斬るぞ?」

目が本気だ。

「あら、慌てないってことは、違うんですか?」

乱菊が意外そうな様子で口元に手を当てる。

「当たり前だ!」

「じゃあ、どうしてこんなことに・・・って、ああ、そのひよこ?」

ようやく雛森の手のひらに乗ったひよこに気づいた乱菊が、そちらに顔を寄せる。

「なるほどねー」

事情を察知した乱菊が、吉良の正気を取り戻そうと振り返ると、

「嘘だ、僕は信じないぞ!」とか言いながら、

ちょっと危ない世界に踏み込んじゃった吉良が、廊下に駆け出して行くところだった。

「吉良くん!?」

慌てた雛森が、日番谷の頭の上にひよこを預けて吉良を追おうとするが、

あとには飛び散った涙が漂うばかりだ。

「どこの少女漫画だっ!」

すかさず、案外現世のことに詳しい日番谷のツッコミが入る。

「ぴよ!」

頭の上のひよこからも同意があった。

「って、なんでお前は乗ってるんだ!!」

「ぴーよー・・・」

存外くつろいでいる。気に入ってしまったようだ。

「うわーん、阿散井くーん!!」

「うわっ、どうしたんだ、吉良!?」

「なんだ、そいつどうしたんだ?」

「!檜佐木さん!」

「実はかくかくしかじかで雛森君が・・・」

どうやら廊下の向こうで、恋次と檜佐木に遭遇したらしい。

しかも、泣きついて誤解したまんまのことを話しているようだ。

「・・・嫌な予感がするな・・・」

ドタバタと音を立てながら、大の男三人が次々と部屋に飛び込んできた。

もっとも、吉良はほとんど引きずられているに等しかったが。

「雛森、それホントなのか!?」

「嘘だろ、お前密かに狙ってる奴多かったんだぜ!?」

「え、え?何のこと?」

二人同時にまくしたてられて、未だに事態が飲み込めていない雛森は困惑するばかりだ。

その時、今まで部屋の隅に転がっていた吉良の肩がピクリと動いた。

起きあがって、つかつかと檜佐木に歩み寄ると、その肩を掴む。

そして、地の底から響くようなおどろおどろしい声で詰問する。

「檜佐木さん、もしやあなたも、「密かに狙ってる」んじゃないでしょうねぇ・・・?」

目が血走っている。これはもう、完全にイッちゃったひとの目だ。

「な、何言ってんだ!?そんなことある訳ないだろ!」

動揺っぷりを見ると、ちょっと図星っぽい。

「そんなの僕が許しませんよぉ〜・・・!!キエェーーーーー!!!」

何故か叫び声が祈祷師風だ。

「おい、お前はどこの舅だっ!いい加減に・・・ぎゃーーーー!!!!」

「檜佐木さん!!なあ、雛森、本当なのか!?

吉良の暴走を止めるためにも、早く教えてくれ!頼む!!」

引き続き雛森を問い詰めていた恋次が、更に必死になる。

もう、今にも土下座し出さんばかりの勢いだ。

檜佐木の悲鳴を聞きつけて、早くも野次馬が集まってきている。

吉良が片っ端からその野次馬の胸ぐらを掴んで、

「お前もか!?お前もか!?」と訊きまくっている。

それを横目で見た恋次が、乱暴に雛森の肩を揺さぶる。

「早くしてくれ!このままじゃ大惨事になるぞ!?」

「え、だって、何のことを言ってるのかよく分からないよ!?」

日番谷の方を指さして、恋次は大声で怒鳴った。

「だからっ、お前がコイツと出来ちゃった結婚するのか、って訊いてんだよ!!」

「え・・・・・」

いきなりの爆弾発言に、野次馬達も息をのむ。

一瞬、静謐が部屋を満たすが、すぐに様々な憶測が飛び交う。

三角関係だ、とか、養子縁組!?、とか、いや連れ子が・・・、とか、

彼らのゴシップなネタは尽きることがない。

その騒ぎを聞きつけて、他の野次馬が更に集まってくる。

おかげで室内は最早押し蔵饅頭状態だ。

その部屋の奥で、日番谷は独り大きく溜息を吐いた。。

「・・・どうやら、誰も静かにこの部屋に入るつもりがねぇみたいだな・・・

 つーか仕事しろよ・・・さっきからコイツは乗っかったままだし・・・」

翠の瞳を眇めながら、頭のてっぺんに陣取ったひよこを見遣る。

相当居心地が良いらしく、動こうともしない。ほとんど、夢のマイホーム(巣)状態だ。

というか、今現在ぐーすりーぷ真っ只中(お休み中)である。

「ぴー・・・よー・・・ぴー・・・」

寝息は至って規則正しく、健やかそのものだ。

これのせいでろくに身動きもとれやしねぇ。

そんなひよこから目を離し、目の前の乱闘を眺める。

丁度乱菊が吉良を取り押さえようと奮闘中だ。

「松本さん、あなたもなんですかっ!?」

「吉良、落ち着きなさい!そもそも私は女でしょうが!?」

・・・かなり大変そうだ。吉良の錯乱状態が段々悪化しているのがよく分かる。

「しかし阿散井の奴、隊長を「コイツ」呼ばわりかよ・・・」

日番谷が内心、良い度胸じゃねぇか、などと毒づいているとは露知らず、

恋次は雛森に返事を促していた。

雛森が、頬を朱に染めながら、やっとのことで言葉を紡ぐ。

「い、今のところ・・・そう言うことは無いけど・・・」

今のところって何だ!?

その場にいた全員が心中でツッコんだ。

取り敢えず、ふにゃりと脱力して、その場に座り込んだ吉良を乱菊が、

口から泡を吹いた上、白目をむいている、という何をされたのかすら分からない檜佐木を

恋次が医務室に連れていく。

それに続いて、落胆や歓喜の声やらと共に、野次馬が続々と部屋を後にする。

雛森は顔から火が出そうな様子で、両の頬を手で包んで床にへたり込んでいる。

あらかたの野次馬が去った後、日番谷は雛森の傍に寄って、手を差し延べた。

「あ、ありがと・・・」

その手を取って立ち上がった雛森は、未だに赤みの差している頬を隠して俯く。

「・・・・・」

照れ隠しに、日番谷の頭に乗っていたひよこを手に取る雛森を、日番谷はじっと見つめる。

「・・・どうしたの?」

視線に気づいた雛森が、首を傾げる。

「いや、なんでもない」

気づかれた日番谷は、少々決まりが悪そうに机に戻り、書類に目を落とす。

・・・まだ、藍染に未練があると思っていたのだ。

だから、万が一にもこちらに気があるような発言は避けるだろうと考えていた。

しかし、あの発言があると言うことは、大分立ち直ったと見ていいのだろう。

雛森が抱えているひよこを見て、日番谷は軽く口の端を上げた。

「まあ・・・良かったな」

「え、今なんて言ったの?」

「何も言ってねぇよ」

「もう、日番谷くんの意地悪」

「ああ、意地悪で悪かったな」

頬を膨らませる雛森を見て、仕方ない、とでも言うように笑う日番谷。

そして、そんな日番谷を見て、雛森も微笑む。

和やかな雰囲気が久しぶりに戻ってきた。

ガラ。

事件の始まりと同じように、戸が開く。

「失礼します」

入ってきたのは、丈の短い死覇装を着た、物静かそうな女性だった。

「ネムさん?どうしてここに?」

「マユリ様の探し物が此処にあるようだったので・・・」

ネムは淡々と答えると、雛森の方に歩を進め、手の上のひよこを掬った。

「やはり此処だったようです。では、お邪魔しました」

一礼して去ろうとするネムを日番谷が引き留める。

「ちょ・・・ちょっと待て。それは、あいつの飼ってる実験動物なのか?」

「・・・いえ、個人的な趣味で育てていらっしゃる物です」

パタン。

しばし、静寂が訪れる。そして、双方形容しがたい表情を浮かべた顔を見合わせる。

「「えーーーーーーーっっ!!!!!???」」

ようやく一段落した十番隊舎に、この日一番大きな声が響き渡った。





おまけ

乱菊「しっかし桃ちゃんも勇気あるわね〜」

日番谷「どういうことだ?」

乱菊「え?だって、あんな告白まがいのことしなくても、

   状況説明して誤解を解くだけでいいでしょう?」

日番谷「・・・松本、てめぇ気づいてたなら教えてやりゃあいいだろうが」

乱菊「あら、だって隊長が返事を聞きたそうだったんで、気を利かせたんですよ?」

日番谷「っ!まーつーもーとー・・・!!」

乱菊「クスクス・・・巡回に行って来まーす」






後書き

うん、ひよこって癒されるよね。

試験が終わった後なので、気分がハイなんです。

吉良が壊れていてごめんなさい。

檜佐木が哀れでごめんなさい。

これも愛故です。多分。(笑)



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